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2009年3月 3日 (火)

労働組合その1 全沖縄軍労働組合

この記事は2009年3月に執筆したものですが、HP・ブログの一時閉鎖及び再公開の際に、HPに移し、内容を大幅に加筆いたしました。

HPの加筆した記事をご覧ください。

ボリューム(E:) 労働組合等

https://sites.google.com/site/nagato0326/labor_union_home

記念すべき第一弾は、米軍占領下の沖縄に於いて戦闘的な運動を進めた全沖縄軍労働組合、略称「全軍労」のヘルメットです。個人的に最も好きな組合とヘルメットです。

【名称】全沖縄軍労働組合
【ヘルメット】色は不定。「全軍労」。

 

ヘルメットの色は黒地、黄色地に鉢巻状黒線、赤地、白地に鉢巻状黒線など多様。ただし白地に鉢巻状黒線の全軍労が最も頻繁に見受けられる。全軍労は1963年結成の沖縄の米軍基地内で働く労働者の労働組合で、沖縄本土復帰運動の中核的存在であった。殊に1968年11月20日には基地撤去を全軍労三役会議内ではじめて打ち出し、23日にはB52(核兵器搭載可能な爆撃機。同月19日に嘉手納基地に於いて墜落炎上。) ・原子力潜水艦・核兵器の三つ撤去を求めた。1971年5月19日にはゼネストを決行。67単組約6万1000人が参加した。同日には県民決起集会が開かれ6万人が集結し、右翼団体や米兵と衝突を繰り返した。
1968年から共闘関係にあった全駐労と全軍労は共闘会議を持ち共通要求を獲得する為に闘ってきたが、1976年から具体的な組織統一の作業を進めていた。1978年遂に共闘会議を発展的に解消する形で全軍労は日本本土の基地内で働く労働者の労働組合である全駐留軍労働組合(全駐労)と合流し、全駐留軍労働組合沖縄地区本部(全駐労沖縄地本)を形成した。しかし、1996年8月には雇用の維持の立場から一方的な基地の削減に反対して全駐労沖縄地本が分裂、全沖縄駐留軍労働組合(沖駐労)を結成した。2006年に沖縄駐留軍労働組合に改称した。
2006年現在の組合員数 全駐労:約6500人 沖駐労約380人。

【名称】全沖縄軍労働組合牧港支部
【上部団体】全沖縄軍労働組合
【ヘルメット】白地に「牧港」。

【名称】全沖縄軍労働組合牧港支部青年部
【上部団体】全沖縄軍労働組合
【ヘルメット】白地に「牧青」。

浦添市の面積の14%を占める広大な牧港補給基地(キャンプ・キンザー)で働く全軍労組合員が形成した。
全軍労牧港支部青年部は全軍労の中でも非常に戦闘的な部類に属した。上のような完全武装で米軍基地内を米兵と衝突しつつデモをするというのは例の無いことであったが、それをやり遂げた為に非常に有名になった。




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