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2010年3月17日 (水)

【改訂版】共産主義者同盟旧マル戦派諸派その2 安保共闘

改訂版の記述はこちらへ

HP版ボリューム(E:) 共産主義者同盟旧マル戦派系前衛派('68.09~)→共産主義者党('73.04~)

 

2009年7月23日付 共産主義者同盟旧マル戦派諸派その2 安保共闘に対してAFさんからコメントをいただきました。以下引用します

―――――――――――――――――――――――――――――

前衛派は東大安田の時点でヘルメットは銀、文字は黒文字に
赤フチで「安保共闘」です。
70年以降の組織は、青共同(青年共産主義者同盟)、軍事組織は
共武行(共産主義武装行動隊)。
その後、73年に共産主義者党-労戦が「首都圏行動委員会連合」、
学戦が「首都圏行動戦線連合」。ヘルメットは銀に前面が黒文字で
「行動委員会」「行動戦線」、後ろに黒文字で「前衛」。
共産主義者党は1986年に解党、労戦、学戦も解体。

投稿: AF | 2009年12月13日 (日) 04時12分

(つづき)
正誤を記します。

【名称】安保粉砕行動委員会→安保共闘 
【上部団体】共産主義者同盟旧マル戦派前衛派→ 共産主義者党
【ヘルメット】白地に「安保共闘」→銀地に黒文字赤フチ「安保共闘」

前衛派はヘルメットの後ろに「前衛」と書いていても、
自ら「前衛派」と公式に名乗ったことはありません。
他党派が機関紙「前衛」を指して「前衛派」と通称して
いたので、便宜上前衛派と呼称はしましたが、公式文書
やビラ等に「前衛派」と書いたことはありません。
(「前衛」としたビラ製作は学生戦線で一時期ありました)

投稿: AF | 2009年12月13日 (日) 04時22分

―――――――――――――――――――――――――――――

情報提供ありがとうございました。重ねて返信が遅くなったことをお詫びします。
また、ここで一つ自己批判を致します。当ブログトップ「はじめに」に掲げられている警察資料写真↓

ヘルメット一覧 1970.02.01現在
19700201_3

中で安保共闘のヘルメットの写真がありますが一瞥して「白ヘル」と断定し、ご指摘があるまで「銀ヘル」であることに気づきませんでした。
本来あってはならないことです。ここで趣味者をはじめとする当ブログ閲覧者各位にお詫び申し上げ、二度とこのようなことがないように精進致します。

さてAFさんからいただいた情報ですが、当方としては情報の正確性を確かめる手段が現状ありませんのでAFさんのコメントに手を加えずこのまま掲載することと致します。本当にありがとうございました。こちらの内容を確かめることができた際には新たに記事を一つ立てることにします。

また、AFさんからの3つ目のコメントでリンクしていただいた画像は当ブログ「民青系全学連」のものなのでそのまま以下に掲載します。

Photo

この写真は拾い物ですが結構色々な書籍に紹介されているのでご存知の方も多いと思いますが、おそらく東京大学総合図書館前での民青系と全共闘系のゲバです。私はてっきりあの銀ヘルは日大ノンセクト(下画像)かと思ってました。これについてもお恥ずかしい限りです。

Ws000000

Ws000001

多分youtubeの日大闘争関係の動画の日大講堂での団交の時の映像からとったキャプチャです。





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コメント

今回、共産主義者党という団体の系譜が分かりました。
手元にある「親左翼二十年史 叛乱の軌跡」(新泉社)199ページには、天皇制について、革マル派含めた殆どの党派が闘争対象としているのに、同党にとっては階級攻防の焦点たりえないとしており、この点について興味深いです。

>管理人様
早速の訂正、ありがとうございます。
東大闘争時の前衛派の画像についてはこちらの記事をご参照くだい。
安田砦で「安保共闘」という垂れ幕の前にいる銀ヘルが前衛派です。
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=327786&log=20060529
(画像を使われる際は上記URL直リンでなく、一旦保存して別ファイル名
でのアップをお願いします)


>ノンポリ労働者様
天皇制について「階級攻防の争点足り得ない」としたのは、「権力の実体は行政執行権力である」とするマル戦時代から続く前衛派の構造分析によるものです。
戦後天皇制自体が、あってもなくても階級攻防の敵権力の実体でなく、左右の両翼から利用される「神輿」に過ぎない、と規定したためと記憶しております。
さらに、それまでの岩田危機帝国主義論を超えて、「日本人の特異性の分析」まで含めて、下部構造規定だけに依拠せず日本人民の深層深部へ入り込むところまで射程に入れて革命路線分析をしなければならない、として79年頃から党内だけでなく各派にも働きかけましたが、新左翼は旧「新」左翼となり動脈硬化を起こしているような状態で、聞く耳持たずの有様でした。
日共と同じく「資本主義的生産関係においては労使関係・構造は万国共通」
とする呪縛のような規定から逃れられず、日本の個別性・特異性の分析による日本人民へのアプローチを模索することは「日本左翼」によってはなされませんでした。
このまま革命党が「前衛主義的、教条主義的な上から目線の分析」を続ける
のでは革命本隊の主体の危機を超えられない、と前衛派は総括し活動しましたが、力及ばず、86年に党を解体しました。

どうもお二方ともコメントの返信が遅くなってしまい申し訳ありません。個人的な用事が先日片付きましたので更新を再開できそうです。尤も、記事のストックはないので、すぐにとは行きませんが。

>ノンポリ労働者さん
コメントありがとうございます。重ねてコメントが遅くなったことをお詫びします。
天皇制をなんというか「無視」するというのは興味深いですね。今年も紀元節反対闘争やってましたし、大きな焦点だと素人目には思いますが、AFさんの解説で合点がいきました。

>AFさん
今気付いたんですが記事の一番初めのところで敬称が抜けていました。すいません、訂正しておきました。
リンク先ですが、「画像を使われる際は…」ということはAFさんはリンク先のブログの管理人様ですか?当時の方のご指摘や情報提供(先ほども天皇制の件の解説もありがとうございました)は大変心強いです。これからもよろしくお願いします。
もし管理人様でしたら、向こうのブログに掲載されている写真の掲載許可を正式に戴ければ記事の中に掲載したいと考えております。

管理人さま

画像はご随意にお使いください(^^

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