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2011年1月22日 (土)

レッドパージ期の共産党員指名手配書

この度、レッドパージ期の共産党員指名手配書を入手したので公表する。
レッドパージ下において一般刑法犯とはその性質を全く異にする超憲法的な法律によって指名手配された人々に関する内部資料であるため、これを一般に公開することは公益に反するものでなく、むしろ寄与(どのように寄与するかは私の知るところではないが)するものであると判断し公開する。

なお指名手配された人々の住所、本籍、原籍、指紋に関してはプライバシー保護の観点からこれを抹消して掲載することを了解されたい。

また、それぞれの画像をクリックすると、Picasaに飛ぶように設定してあり、リンク先では写真を拡大して細かく見ることが可能である。

また、拡大ができない場合は右上の「ダウンロード」から「写真をダウンロード」を選択して、PCにダウンロード後に閲覧すると拡大できる。

【封筒】

Photo_2

 

当該手配書と指紋採取用紙は昭和29(1954)年9月22日消印の某県警警察本部警務課差出しの実逓便に収められていた。当封書の名宛人は同県内の(現在でも)農村部の個人である。

【手配書1】

1

手配書1 表
徳田球一、野坂参三、伊藤律、志田重男、紺野與次郎、松本三益、長谷川浩、竹中恒三郎 8名の顔写真、左示指指紋

また、一番右端には8名分の別の指紋があり「この欄の指紋は、左表押捺指紋の反対の指紋であるから指頭の指紋と直接対照する場合に利用すること。」との記載がある。

1_2

手配書1 裏
徳田球一、野坂参三、伊藤律、志田重男、紺野與次郎、松本三益、長谷川浩、竹中恒三郎 8名の生年月日、住所、本籍、原籍、人相書き、署名(本人のものか?)

手配書1は1950年6月6日の公職追放後、団体等規制令違反(不出頭)で逮捕状が出た所感派中央委員9名の内、同年10月に逮捕された春日正一を除く8名であると考えられる。

参考:http://www.marino.ne.jp/~rendaico/toshi/nihonkiyosanto_nokenkiyu_toshi_12_2.htm

 

【手配書2】

2

手配書2 表
椎野悦郎、河田賢治、鈴木市藏、杉本文雄、輪田一造、保坂浩明、西沢隆二、岡田文吉、岩本巖、木村三郎 10名
の顔写真、左示指指紋

2_2

手配書2 裏
椎野悦郎、河田賢治、鈴木市藏、杉本文雄、輪田一造、保坂浩明、西沢隆二、岡田文吉、岩本巖、木村三郎 10名
の生年月日、住所、本籍、原籍、人相書き

手配書2は1951年9月4日に政令三二五号(占領目的阻害行為処罰令)違反容疑で逮捕状の出された19名の内、当時逮捕されていなかった11名の内の10名である。本手配書に掲載のない残りの1名、西館仁についてはいつ逮捕されたかなど不明。文献調査を要する。
参考:http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/25/rn1953-605.html

 

【指紋採取用紙】

Photo_3
指紋採取用紙 表


Photo_2
指紋採取用紙 裏

同封されていた指紋採取用紙に残された一名の両手の指紋については、誰のものか不明。

【本資料より推測されること】

指紋鑑定の実際がどのようであるかは寡聞にして知らないが、農村部に住む個人が以前から同県警の指紋鑑定を委託される関係にあり、同県警は指名手配者と思われる人物から採取した指紋を、レッドパージ手配者の指紋と照合するように依頼して、送付したのではないか?

→あんな小さな引き延ばしてもいない手配者の指紋で照合なんてできるのか?

→また、この手配書は持ち運びが容易にできるようになっており、鑑定依頼で送るならこのような形式の手配書である必要はないのではないか?

Dsc_0052

縦方向に五等分に折ってあるのがよくわかる。五等分された一つの面は名刺大かやや縦が長い程度の大きさ。

これをみるに、どちらかと言えば集会、あるいは共産党と関係が疑われる機関周辺での張り込みで使われる面割り用のものに思える。

こんな感じで

19690905

1969.09.05 山本の手配写真を照合中の機動隊員(於 全国全共闘結成大会)

さぁどうなんでしょうか。おそらくこのような資料が公にされることはないでしょうから真相は闇の中なんでしょうね。


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