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2011年10月 2日 (日)

資料紹介-マル学同中核派メット(写真提供)&中核派全学連メット(新規取得資料)

私の友人、というよりは先輩と言った方がしっくりくる人でMさんという人がいる。彼は昨年の京大の11月祭でマル学同中核派のヘルメットを中核派の人から直接貰って帰ってきていた。先日、私が中核派全学連のヘルメットを手に入れる機会があり、思い立って写真の提供とブログ等での公開許可をお願いしたところ、快く引き受けてくださり、そのための写真を撮って送ってくださった。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございます。
私が全学連メットのきちんとした写真を撮ったら記事を立てて紹介しようと思ったのだが、先週から体調を崩しており、写真をまともに撮れなかったので、先にアップした写真をそのまま使うことにした。近い内に新たに写真を撮り直して差し替えるのでご容赦願いたい。

マル学同中核派メット(所蔵・撮影M氏) 転載不可 Imgp3718 Imgp3720 Imgp3722 Imgp3723


 中核派のヘルメットの完成は遅かった。正確に言えばヘルメットの正面のデザインの統一は主要党派の中では遅かった。そう言って差し支えないように思う。本格的に「中核」のメットが用いられて以降、「白地に『中核』」という基本以外の細かなデザインというのはまちまちであった。比して革マル派全学連は、「白地に鉢巻状赤線『Z』」という基本に関して、赤線はビニールテープを用いることから形が一定していたし、「Z」の字は書き易いからある程度デザインが収斂というか安定するのが早かった。(訂正:安定するというより、「字が単純だから多少ばらつきがあっても目立たない」という方が正しい。ただし、かなり早い時期からヘルメットの側面に「革マル」と書くのが共通化している。)

1969.12.14 糟谷人民葬 約1,000名の革マル全学連は日比谷野音へ突入の構え

19691214_1000

 それに比べると「中核」という字はなかなか難しい。「中」のデザイン、即ち「口」の部分を大きく書くというのは70年代に入るか入らないか位に定まったような印象を受けるが、なお書き手によってばらつきがあった。これが完全に安定したのがいつ頃かはわからない。

 ヘルメットを使ってセクトはそのセクト名を大衆に示す。その意味でヘルメットは大切である。デザインがヘルメットによってばらばらだと、隊列としての統一感や迫力に欠ける。だからヘルメットのデザインの統一は自然な流れであった。
 ヘルメットのデザインの統一の先駆け的存在はML派であったように思う。他党派は労働者、学生、高校生でヘルメットの基本のデザインが異なる。これに対して、ML派は全体の人数が少ないからか、労働者戦線(LFL)も学生戦線(SFL)も高校生戦線(HFL)も同じモヒカンのヘルメットをかぶり、小さく略称を記した。

1970.06.23 6.23総行動 火炎びんを持ち、鉄パイプで武装して会場を出発したML

19700623_623ml

 後年、第四インターは「学生共闘」「青年共闘」などのシールを作成し、完全に同じデザインのヘルメットを被らせた。(このことに関しては赤色土竜党ヘルメット用ステッカーシールについてに詳しい)

 第四インターなどがヘルメットのデザインを統一したのには、ヘルメットに違いがあれば、逮捕された際に証拠写真等から個人を特定され易いという理由もあった。(前掲リンク参照)事実、導入の時期は不明だが第四インターが三里塚において多くの実力闘争を闘っていた頃の写真を見るとシールが使われており、ヘルメット間に個体差はない。

 第四インター以外の党派で、通常のヘルメットのデザインが全体的に統一されているとは言い難い党派でもバイクヘル(ジェットヘル)を用いた本格的な闘争用のヘルメットは統一されていたように思う。これについては85年の10・20成田現地闘争に労働者として中核派から参加したアッテンボロー氏のブログ、アッテンボローの日記帳内の記事、「10・20三里塚闘争」に言及があるので該当部分を引用する。

(前略)
検問の機動隊員が「おい、新品のヘルメットだぞ」と驚いて同僚に話していた。この日のために用意されたバイク用のヘルメットだった。集会場に着くと選抜メンバーにはバイクヘルとゴーグル、雨合羽が支給された全員がヘルメットに「中核」と書く様に言われた。学生と労働者の区別がつかない様にするためだ。
(後略)

 「反戦」という労働者用のメットや「中核」という学生用のメット、「全学連」「自治会」などのメットを使い分ければ、逮捕必至の闘争での完全黙秘戦術の意義を多少なりとも失わせかねない事が理由であろうか。もちろん隊列を組んだ時の統一感というのもあっただろう。新品を用いたのは余計な後ろや左右の書き込みから個人が特定される(訂正:関係先がバレるとガサの対象になったり、参加者の身元が割れやすいというのが正確な表現か。「京大」とか書いてあれば、京大内の拠点がそれを口実にガサ入れられるだろうし、京大生或いは京都周辺の活動家かもしれないって推定される恐れがある)ことを避けるためであろう。

 このような本格的な闘争に用いたものに比して、普段使いのヘルメットには(正面のデザインに個体差がなかったとしても、後ろや左右の書き込みに)結構個体差がある。確かに弾圧対策の面での能力は多少劣るだろうが、こういったヘルメットは自弁ではなく共有物であった為、いつも同一人物が同じヘルメットを使ったわけではないから、その日逃げ切れば個人特定は困難で正面以外の部分に個体差があっても差支えなかったのだろうと思われる。

中核派全学連メット(所蔵・撮影 管理人:有坂賢吾 Dsc_1656 Dsc_1658 Dsc_1666 Dsc_1669 Dsc_1672



参考:中核派全学連メット個体差比較(有坂所蔵及び京大哲研公式アカウント様提供)
Photo

正面の「全学連」がほぼ一致していることが分る。これが先述の「正面のデザインの統一」である。

 

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