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労働運動

2012年7月 8日 (日)

おすすめ書籍等々

最近ブログ版を更新してませんね。申し訳ないです。
日々のつぶやきはtwitterでやってしまっているので、どうもブログ用に文章を書くということがなくなってしまいました。
当時ものの写真とか、実物資料とかのアップロードもtwitterの方でやってしまうことが多いので、これについてはtwitterを見ていらっしゃらない方には申し訳なく思っています。

twitterでアップロードした写真なんかは、基本的には下記URLから参照可能ですが、私のとった写真や私の公開した写真だけでなく、私のRTした写真も含まれていますのでこの点についてはご注意ください。
https://twitter.com/#!/front_chiba/media/grid

ということで、まぁネタは色々あるんですが、今回は最近でた良い書籍類についてご紹介したいと思います。

書名をクリックすると、模索舎の販売ページに飛びます。
模索舎は経営難が常態化してますのでLink先から買って貰えると嬉しいです。
私のところにはキックバックも当然なく、アフィリエイトでも何でもないのでご安心ください。

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『山谷への回廊 写真家・南條直子の記憶1979-1988』
 2012年/A5変形/
258頁/¥2,500

 良い写真集だ!ということで話題沸騰です。私も太鼓判を押します。
 内容は良くわかんないけど最初の方に右翼関係の写真がありまして、そのあとが山谷の日常、山谷での日雇い労働者の運動、といった構成です。
 聞いた話ですが、限定300部らしいです。内容も良く、少数部発行なのにこのお値段はお買い得です。


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『全軍労・沖縄闘争 比嘉豊光写真集』
 2012年5月/
B5/
352頁/¥4,200+210

 これも非常によい写真集です。全軍労ものの写真集はヤフオクとかで5000円を超える様なもの(空軍支部の出したやつ)とか、現在の全駐労沖縄地本が90年代半ばに出した『全軍労・全駐労沖縄運動史』の三冊組の一つとかのほかは、沖縄関係の写真集にちょろっと出てくる程度だったのですが、これ一冊買えば十分満足できる内容になっています。
 値段はありていに言えば確かに高いのですが、写真集としては普通の値段ですし、中々大きな本ですし、それだけの内容ですので、ぜひ一冊お手元に置いておかれることをお奨めします。


〈DVDブック〉小川プロダクション『三里塚の夏』を観る 映画から読み解く成田闘争
 2012年5月/192頁/¥3,333+167

 ついに小川プロの映画がDVDであなたの手に!ということでこれも話題になりました。写真がないのは私がまだ買ってないからです。ソンナニカネネーヨ…。
 小川プロの映画はアテネ・フランセでわりと良く上映会をやってますので、気になる方はそういった機会に見に行けばよいかと思います。


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『六〇年代社青同(解放派)私史』,樋口圭之介著
 2012年7月7日(←昨日だよ!)/290頁/¥2500+税

 はいっ!真打ち登場です。
 なんと昨日発行!書店に並ぶのはまだまだ先!模索舎にだけ先行入荷しております!
 私もまだ内容をキチンと読んでませんが、パラパラ見ましたけど理論的な問題だけを長々と扱っているのではなく、歴史について書いてまして、読みやすいです。多分。
 写真もわりと豊富です。
 著者の樋口圭之介氏は社青同東京地本委員長にして後の解放派社青同(革労協パージを受けた為に、1970年に解放派が独自に再建。)委員長であった方です。
社青同の歴史の概略についてはボリューム(E:)でも簡単に歴史を紹介しているので是非ご覧ください。
 こちらの書籍は模索舎HPに販売のページがありませんが、入荷はしてますので電話かメールで注文して下さい。
⇒HPが更新され、販売のページができました。

 まぁこんな感じですかね。とりあえず詳細情報が出てないので以下に目次と奥付の写真を上げておきます。

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2011年10月 2日 (日)

資料紹介-マル学同中核派メット(写真提供)&中核派全学連メット(新規取得資料)

私の友人、というよりは先輩と言った方がしっくりくる人でMさんという人がいる。彼は昨年の京大の11月祭でマル学同中核派のヘルメットを中核派の人から直接貰って帰ってきていた。先日、私が中核派全学連のヘルメットを手に入れる機会があり、思い立って写真の提供とブログ等での公開許可をお願いしたところ、快く引き受けてくださり、そのための写真を撮って送ってくださった。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございます。
私が全学連メットのきちんとした写真を撮ったら記事を立てて紹介しようと思ったのだが、先週から体調を崩しており、写真をまともに撮れなかったので、先にアップした写真をそのまま使うことにした。近い内に新たに写真を撮り直して差し替えるのでご容赦願いたい。

マル学同中核派メット(所蔵・撮影M氏) 転載不可 Imgp3718 Imgp3720 Imgp3722 Imgp3723


 中核派のヘルメットの完成は遅かった。正確に言えばヘルメットの正面のデザインの統一は主要党派の中では遅かった。そう言って差し支えないように思う。本格的に「中核」のメットが用いられて以降、「白地に『中核』」という基本以外の細かなデザインというのはまちまちであった。比して革マル派全学連は、「白地に鉢巻状赤線『Z』」という基本に関して、赤線はビニールテープを用いることから形が一定していたし、「Z」の字は書き易いからある程度デザインが収斂というか安定するのが早かった。(訂正:安定するというより、「字が単純だから多少ばらつきがあっても目立たない」という方が正しい。ただし、かなり早い時期からヘルメットの側面に「革マル」と書くのが共通化している。)

1969.12.14 糟谷人民葬 約1,000名の革マル全学連は日比谷野音へ突入の構え

19691214_1000

 それに比べると「中核」という字はなかなか難しい。「中」のデザイン、即ち「口」の部分を大きく書くというのは70年代に入るか入らないか位に定まったような印象を受けるが、なお書き手によってばらつきがあった。これが完全に安定したのがいつ頃かはわからない。

 ヘルメットを使ってセクトはそのセクト名を大衆に示す。その意味でヘルメットは大切である。デザインがヘルメットによってばらばらだと、隊列としての統一感や迫力に欠ける。だからヘルメットのデザインの統一は自然な流れであった。
 ヘルメットのデザインの統一の先駆け的存在はML派であったように思う。他党派は労働者、学生、高校生でヘルメットの基本のデザインが異なる。これに対して、ML派は全体の人数が少ないからか、労働者戦線(LFL)も学生戦線(SFL)も高校生戦線(HFL)も同じモヒカンのヘルメットをかぶり、小さく略称を記した。

1970.06.23 6.23総行動 火炎びんを持ち、鉄パイプで武装して会場を出発したML

19700623_623ml

 後年、第四インターは「学生共闘」「青年共闘」などのシールを作成し、完全に同じデザインのヘルメットを被らせた。(このことに関しては赤色土竜党ヘルメット用ステッカーシールについてに詳しい)

 第四インターなどがヘルメットのデザインを統一したのには、ヘルメットに違いがあれば、逮捕された際に証拠写真等から個人を特定され易いという理由もあった。(前掲リンク参照)事実、導入の時期は不明だが第四インターが三里塚において多くの実力闘争を闘っていた頃の写真を見るとシールが使われており、ヘルメット間に個体差はない。

 第四インター以外の党派で、通常のヘルメットのデザインが全体的に統一されているとは言い難い党派でもバイクヘル(ジェットヘル)を用いた本格的な闘争用のヘルメットは統一されていたように思う。これについては85年の10・20成田現地闘争に労働者として中核派から参加したアッテンボロー氏のブログ、アッテンボローの日記帳内の記事、「10・20三里塚闘争」に言及があるので該当部分を引用する。

(前略)
検問の機動隊員が「おい、新品のヘルメットだぞ」と驚いて同僚に話していた。この日のために用意されたバイク用のヘルメットだった。集会場に着くと選抜メンバーにはバイクヘルとゴーグル、雨合羽が支給された全員がヘルメットに「中核」と書く様に言われた。学生と労働者の区別がつかない様にするためだ。
(後略)

 「反戦」という労働者用のメットや「中核」という学生用のメット、「全学連」「自治会」などのメットを使い分ければ、逮捕必至の闘争での完全黙秘戦術の意義を多少なりとも失わせかねない事が理由であろうか。もちろん隊列を組んだ時の統一感というのもあっただろう。新品を用いたのは余計な後ろや左右の書き込みから個人が特定される(訂正:関係先がバレるとガサの対象になったり、参加者の身元が割れやすいというのが正確な表現か。「京大」とか書いてあれば、京大内の拠点がそれを口実にガサ入れられるだろうし、京大生或いは京都周辺の活動家かもしれないって推定される恐れがある)ことを避けるためであろう。

 このような本格的な闘争に用いたものに比して、普段使いのヘルメットには(正面のデザインに個体差がなかったとしても、後ろや左右の書き込みに)結構個体差がある。確かに弾圧対策の面での能力は多少劣るだろうが、こういったヘルメットは自弁ではなく共有物であった為、いつも同一人物が同じヘルメットを使ったわけではないから、その日逃げ切れば個人特定は困難で正面以外の部分に個体差があっても差支えなかったのだろうと思われる。

中核派全学連メット(所蔵・撮影 管理人:有坂賢吾 Dsc_1656 Dsc_1658 Dsc_1666 Dsc_1669 Dsc_1672



参考:中核派全学連メット個体差比較(有坂所蔵及び京大哲研公式アカウント様提供)
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正面の「全学連」がほぼ一致していることが分る。これが先述の「正面のデザインの統一」である。

 

2011年9月 9日 (金)

革労協赤砦社派公式HPを開設

正式名称「革命的労働者協会(解放派)」(マスコミ・公調用語「革労協反主流派」、俗称「木元派」「赤砦社派」)がHPを開設したことは既に多くの関係者がご存知のことであろう。
決定的な証拠、例えば機関紙やその他発行物上での記載が提示されればよかったのだが、それが今日にいたるまでネット上では示されなかった。

赤砦社派HPが発見されたのは先月8月5日のことで2ch革労協スレへのレスで公になった。当時私は広島にいた。私が実際に赤砦社派HP発見の報に接したのは6日夜であったが、私が6日の朝に平和記念公園で受け取った赤砦社派全学連=全学連(円谷委員長)中四国ブロックと反戦青年委員会名義のビラにはURLは記載されていなかったことを報告しておく。

私が広島に居た時点では当該HPが本物かどうかは不明であったが、機関紙に掲載された写真と全く同じものがカラーでアップロードされていたので疑いないように思われた。
その後はこの話題は特に注目されることもなかったように思う。

ではなぜ今頃になってこの話題に言及したのかといえば、それは現代社派全学連HPの速報を打った際に「もし赤砦社派が全学連HPを開設したら同じような記事を書くでしょうね。」と書いたからである。HPを開設しネット上に進出したという“事件”はやはり公平に扱うべきであろう。

さて、だったらさっさと記事を書けばよかったのだが、証拠となる機関紙を買いに行く気がしなかった。というのも解放派のゼッケン類をヤフオクで落としたことで深刻な金欠だったし、京大哲研公式アカウント様から写真の提供を受けて記事を書いたばかりだったし、赤軍派ヘルメットは届いたし、とプライベートが忙しかった。
それに加えて、関東で恐らく唯一であろう赤砦社派機関紙「解放」を販売している模索舎が夏場は室内なのに非常に暑いのである。別に国の節電体制に協力したわけではなかろう。(そもそも模索舎の存続に関して応援している立場としては空調に云々は言えない。)資金難が原因であろうが去年もおととしも暑かった記憶がある。

 この前模索舎に行ったら『そんなに暑かったら冷房位入れますって!』と舎員さんから言われました。ということで訂正いたします。m(__)m(2012.07.13追記)


従ってどうしても夏場は足が遠のきがちになり、今回広島に行くにあたって、広島関連について記述のある機関紙がないか探したら、解放派はおろか全左翼の機関紙に関して全く夏場のものがなかった。

だらだらここまで書いてしまったが、だんだんと暑さも治まって来たので機関紙を買いに行ったところ、あっさり題字の横にURLが書いてあって、当該HPが赤砦社派公式のものであると確認できた。

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…お分かりいただけただろうか。ちょっとよってみよう。

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第983号(8月11日発行)まではURLの記載がなかったが、984号(8月18日発行)からはURLが記載されている。なお本文はざっとしか目を通していないが、特段の言及はなかった。

以上で報告を終わりにしたい。現代社の時は自分が発見したこともあってノリノリだったので言ってしまったが、まぁ言わないのもなんなので。

開設おめでとう!

呉々も言っておきますが、私は革労協シンパではないです。フツーの共産趣味者です。
ってかどっちかというと右ですし。

じゃあ、まだ返信できていないコメントもあります(ノンポリ労働者さん、暫しお待ちを!)のでこの辺で失礼します。

2011年8月30日 (火)

新規取得資料紹介

twitterの方では随時紹介しているのですが、どうやらあちらを見ていない方も大分いらっしゃるようですのでこちらでも目ぼしいところを一通り紹介することにします。
こちらで紹介した資料は既にPicasaの方でも閲覧可能です。

【名称】共産主義者同盟赤軍派
【ヘルメット】赤地に「赤軍」。

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動労ヘルメットとの交換で入手したヘルメット。1977年製なので、よど号(70年)や連赤(72年)の後に国内で活動していた赤軍派のものと思われる。
このヘルメットは05年に管制塔元被告連帯基金運動の際に販売されたもので、『管制塔元被告連帯基金運動 4ヶ月の記録』76頁に写真あり。


【名称】国鉄動力車労働組合
【ヘルメット】白地に鉢巻状青線に「助士廃止反対」。

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助士廃止が当局によって打ち出されたのが1967年、1969年にはこれに反発した労働組合側によって大規模なストライキが打たれるに至った。この助士廃止反対闘争時のものと思われる。
紐ヘルではないが、私の所有する80年代の動労ヘルに比べると相違点が多い。

【解放派ゲバスタイル】

・解放派ゼッケン

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一枚布に表と裏にガリ版でスローガンが刷られていて、中央部に首を通すための切り抜きがある。売り手によれば1974年頃のものとのこと。この頃の社青同機関紙「団結の砦」はほとんど手元にあるので、スローガンなどから大まかな時期を推定することは可能と思われる。

・社青同東京地本 腕章

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・社青同 旗

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キュプラの赤い布にスプレーで「社青同」と書かれている。竹竿やバイプにガムテープで付けたとのこと。大きさは約90cm×約70cm。現在でも解放派のデモでは先頭の横断幕や旗の他に沢山の赤旗が翻っている。そのような用途に使われたものと思われる。

ゼッケンや腕章はヘルメットをかぶるような「戦闘的」なデモでは(これの前所有者の活動家は)使わなかったとのこである。その理由は『機動隊に切られてしまうから』だという。当時のデモがどれほど激しいものであったかを物語るエピソードである。

またこのことはデモの際の服装規定がそれほど厳しいものではなかったということをも示唆する。

・ゲバスタイル再現

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手元にあった国労中央支部のヤッケに腕章とゼッケンを合わせてみた。なんとなく雰囲気は掴んでもらえるのではないか。

・解放派プロテクター

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段ボールに竹を並べ、それを布ガムテープで固定し、それをゴム紐で体に固定するようになっている。競技用なぎなたの防具の脛当てに似る。そもそもは機動隊の装備にヒントを得たものであろうか。

写真のものは腕と二の腕用で、他に肩や脛用の物もあったという。70年代に考案され急速に普及し、簡単な作りながらも十分な効果を発揮したとのことである。

追記

このプロテクターについてだが、似たような代物を同時期以降の中核派も服の下に着用し対カクマル戦に備えていたとのことである。飽くまで革マル派対策であってデモでは着用しなかったそうだ。

追記2

昨日資料紹介-マル学同中核派メット(写真提供)&中核派全学連メット(新規取得資料)を書いている時に赤色土竜党のコンテンツを読んでいたら宣伝戦線第7章「強固な隊列のために」にこのプロテクターに類似するものと思われる防具代用品の記述があったので引用する。

●闘争が激烈になると予想される時は、肩や腹を新聞紙などでしっかりと防護する。また、腕には篭手(ない場合にはガムテープとワリバシで代用)をつける。全身をしっかり守って存分に闘いを遂行しよう!

これで解放派、中核派、第四インターでこういった防具の使用が確認された。

2011年5月18日 (水)

【速報】全学連(伍代委員長)、公式HPを開設

全学連(伍代委員長)、通称:革労協現代社派全学連が公式HPを開設したことを確認したので、お知らせします。

全学連(伍代委員長) 通称:革労協現代社派全学連
http://zengakuren.info

ちなみにですが、下記に現代社派以外の全学連を自称している団体のHPを列挙しておきます。
通常全学連は、委員長の名前で区別するので、公式でも「全学連(○○委員長)」という風に表記しますが、民青全学連はそのような形式をとっていないようです。しかしながら今回は便宜的に委員長名で表記しました。

全学連(小山委員長藤浦委員長 通称:民青全学連
http://www.zen-gakuren.jp/

全学連(織田委員長) 通称:中核派全学連
http://www.zengakuren.jp/

全学連(奥野委員長) 通称:革マル派全学連

http://www.zengakuren.org/

全学連(円谷委員長) 通称:革労協赤砦社派全学連
ホームページ未確認

追記2011.05.21付

どなたか「ホントにこれ現代社派全学連の公式HPなのか?」「証拠出せよ!」位な事を言って下さればよかったのですが、まさか現代社派の名前を騙ろうだなんて奴は居るわけがないし、あんな雰囲気のHPは現代社派しか作れないであろうことは明白なので、皆さん特に疑うこともなく信じて下さり、それにより私が証拠となる写真をアップロードする機会を失してしまいましたので、行き場を失った証拠写真を一応掲載することにします。

それがこれ↓

Ws000017

正直我が目を疑いました。

言い忘れてましたけど、

全学連(伍代委員長)公式HP開設おめでとう!

追記その2

呉々も言っておきますが、私は革労協現代社派シンパではないので。フツーの共産趣味者です。ですので、もし赤砦社派が全学連HPを開設したら同じような記事を書くでしょうね。


追記その3 2011.05.29付

民青全学連の委員長がいつの間にか小山農さんから藤浦修司さんに代わったことが発覚。
でも全学連HP見ても執行部人事がいまいち解らん。そんなことやってから解散が発議されるような加盟自治会が(自主規制)

2010年12月11日 (土)

古書「赤いドリル」さんに行く

あんまりこういう記事を書くことはないかと思いますが…。

下北沢の古書店(&BAR)「赤いドリル」さんへ行ってきました。

日記へ取り上げた時点で薄々お分かりでしょうが、「赤いドリル」さんはただの古書店ではなく我々の共産趣味と非常に近い位置にあります。

HPのPROFILEより一部を抜粋します。

―――――――――――――――――――――――――――――
(前略)

浅間山の麓に篭城しながら、その美しさに気づく余裕もなく、ここまで追い詰められた25歳の若者の青春を想像し、その 後38年拘束されて63歳になろうかという男が最後に見た自然らしい風景が催涙ガスに煙る浅間山だったことに思いを馳せたとき、ぼくの連合赤軍関連本や資 料収集の日々ははじまりました。それまでも寺山や唐十郎、アラーキーなどなど目当てに古本屋に通っていたわけですが、「連合赤軍事件」を通して、ぼくは古 本屋と出会いなおし、1960年代や70年代と出会いなおし、さらに言えば「本」そのものと出会い直し、細かいことは端折りますが、いつか「連合赤軍事件 で目録を作ろう」とライフワークをさだめつつ、古書店開業を発心するに至りました。

古書赤いドリルは、その棚を眺めれば結局ぼくは見ることがかなわなかった昭和の風景たちを、その風景の中で息づくひと びとを感じられるような、戦後の昭和史を散歩するような、そんな店でありたいと願っております。近い未来、確実に、決定的に失われるであろう「昭和」の景 色は、本のなかでしかもはや出会えない、そんな本たちの出番をつくる仕事をさせて頂きたいと思っています。

―――――――――――――――――――――――――――――


赤いドリルさんが開店したのはなんと今年の6月と非常に最近のことで、私が存在を知ったのは11月2日でした。新左翼関係の書籍を探している最中に偶然見つけました。
その時twitter上で感想を呟いたのが残っているので、「お前の感想なんざどうでもいい!」と仰る方もあるかもしれませんが、こちらも一応引用しておきます。

―――――――――――――――――――――――――――――

今年六月に開店した「赤いドリル」という古本屋兼バーをネット上で偶然発見。ブログを読む限り脱サラして始めたみたいだけど勇気あるなぁ。店主の方は連合赤軍を主とする趣味者みたい。シンパっていう感じじゃなくて“ファン”というのが一番しっくりくる。 http://bit.ly/bPAKqp
11月2日 8:51PM  webから

「古書赤いドリル」さんは下北沢にあるので近々行こうと思ってる。既に趣味者と思しき人も来店しているらしい。冷戦崩壊後の生まれだから知らないけど、バーと書店の併設と聞いて昔の模索舎を思い出した。僕は下戸だからバーは無理だな。
11月2日 8:59PM  webから

―――――――――――――――――――――――――――――

(赤いドリルさんは主に連合赤軍を研究なさっているようですが、当ブログでは連合赤軍はありませんが、日共革命左派赤軍派のページはあります。 連合赤軍に直接関係する実物資料として連合赤軍機関誌「銃火」が日共革命左派のページに展示してあります。)

まぁ前置きはこれくらいにして…。


今週の水曜、12月8日に伺いました。場所は小田急線or京王井の頭線「下北沢」駅を南口に降り、そのまま緩やかな坂となっている商店街を下って餃子の王将の通り過ぎ次の道を右手に入っていったところにあります。

※こちらのHPを見てから行きました。
詳細な地図はページ最下部

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店舗外観

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看板も好い味出してます。

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入って右側の本棚。写真中央にも低い棚があり、大型本が配架されている。

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入って左側の本棚を店舗の奥から臨む。文庫本等が主か。

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奥のバーカウンター。

店に入り中を見回すと、そこかしこに新左翼関係の書籍がありましたのでつい夢中になり吟味することおよそ10分。


陶山健一,『反戦派労働運動』,1969,亜紀書房
思想運動研究所編,『左翼30集団』,1968,全貌社
高杉晋吾,『部落差別と八鹿高校』,1975,三一書房
松崎明・谷恭介,『国鉄動力車』,1972,三一書房
土田・日石事件弁護団編,『土田・日石事件 意見陳述集 第一巻』,1976
ビートたけし他,『60年代「燃える東京」を歩く』,2005,JTBパブリッシング

の計6冊を購入。3050円也。
相場より安いです。ネットからも買えますので、ぜひどうぞ。品物は全体的に状態の良いものが多かったように思います。

会計をお願いしている間に事情を話し、ブログで紹介することと、そのための写真撮影の許可をいただきました。
共産趣味者として他人と話をする機会がなく、このようなことをするのも初めてでしたので、緊張して自己紹介やブログの名前を申し上げるのを完全に忘れており、いまさらながら大変失礼なことをしたな、と猛省してます。

応対してくれた店員さんはオーナーさんではなかったのですが、物腰の柔らかい非常に感じの良い方で、商品の扱いも実に丁寧でした。

まぁ簡単にまとめますと、こじんまりとしている雰囲気の良いお店で、品ぞろえもよく、価格も良心的で、店員さんも良いということです。これだけたくさんの新左翼関連書籍を見られる古書店は、私は都内ではここともう一軒しか
知りません。かなりお勧めです。

最後に応対して下さり、突然の申し出に快く許可を下さったお店の方に心より御礼申し上げつつ、時間も時間で正直眠くなってきたのでこれで終わりにしようと思います。

※こういう文章を書くのに慣れていないおらず、オチ無しの文章になりましたことをお詫び申し上げます。





2010年9月 8日 (水)

【番外】 1968-1972年ごろの革マル派機関紙「解放」

1968-1972年頃の革マル派機関紙「解放」を沢山(126-165号(131-133号欠) 205-229号(215号欠))入手する機会に恵まれたので、その中から興味深い物を公開したいと思う。

本来機関紙というごくごく普通な品物は入手したからといってこういう風に公開することはない。
しかしながら革マル派は学生運動最盛期から日本の左翼界の主要な位置を占め、また現在に至るまで勢力を維持しており、その存在を無視することは出来ないにも拘らず、革マル派「解放」は中核派「前進」や第四インター「世界革命」などの様に縮刷版が発行されておらず、過去の機関紙をみるのが他派と比べて容易でないのだ。

※実はかつて革マル派も縮刷版のようなものを限定一部(!)で発売したことがあった。ところがそれは縮刷版ではなく、今までの「解放」の実物を合本にしたもので100万円以上の値が付けられていた。
…うん、正直欲しいよね。おくところ無いけど。

と、いうわけで公開しようと思うのだが、こういうことをやってて心配になるのはやはり「スパイ」扱いをされないかということだ。
まぁそうは言ってもビラとかの入手が困難なものを公開するのではなく、極論を言えば100万円出せば確実に入手できるものなので問題は無いと考えている。ましてや40年前のものなのでなおさら構わないと思っている。

さて本題に戻ろう。今回扱うのはブログの本旨でもあるゲバスタイルに関することと、その他なんとなく目にとまったものである。スキャナを使えばいいのだが面倒くさいのでコンデジで接写した。
(接写して気付いたのだが、このコンデジは古い。ホントに古い。近々お金を貯めて買おうと思うがいつになるやら。)
デジカメを使ったのは、スキャナを使うのが面倒なのも確かに理由のひとつなのだが、紙が当然の事ながら経年劣化でボロボロになっており、とても家庭用のスキャナの読み取り面にあてがう作業に耐えられそうに無かったというのもまた理由である。
ちなみに閲覧後の机には「どこの死海文書だよ!」ってくらい破片が散らばっていた…。

Cimg2354

さて普通に掲載したいのは山々なのだが、ココログは画像一枚当たり1MBという上限があるので縮小しなきゃいけない。しかしこれが面倒なので、Picasaにアップした画像にリンクをすることで済ませたいと思う。

①機関紙記載の組織名称の変化

写真に写っているのは126号(1968.11.15)~129号(1969.01.01)までの四部のタイトル部である。
注目すべきは127号の「滞納紙代の一掃を!」ではない。

拡大した画像を見て欲しい。

126号、127号の名称は、
「日本革命的共産主義者同盟 全国委員会 革命的マルクス主義派」
なのだが、128号からは、
「日本革命的共産主義者同盟 革命的マルクス主義派」
となっている。
これが地方の一支部の機関紙記載の組織名が変わったくらいなら、(元々革共同全国委が分裂して出来た組織だから)、「組織名称の表記揺れを全国的に統一でもしたのかな?」くらいにしか思わないが、中央の機関紙だから、それなりの理由があるんじゃないかと目を通してみたが特別な記述は無かった。

「正式名称なんて特別意味は無いんじゃないか?」という意見もあるだろうが、それならそもそも「全国委員会」を消す必要が無いわけで…。
この辺の事情に通じてる方は教えてくださいな。

②伏字

一部伏字になっている。戦時中のブルジョア・マスコミは伏字にする時は「○」だったなってくらいの話で特に言及した意味は無い。
なお今回引用した画像は1969.11.21 革マル派 「解放」 号外 一面下部のものである。

③反戦高連のヘルメット

反戦高連といえば革マル派の高校生組織であり、以前に当ブログで紹介したところ様々な情報が寄せられた。

まずは機関紙に載っていた写真を見て欲しい。

お分かりいただけただろうか…。

ちょっとよってみよう。

写真中央部の人物のヘルメット(人物は反対を向いているので、ヘルメット後部ということになる。)には、先の記事で滔天さんから寄せられた情報

―――――――――――――――――――――――――――――

あと、反戦高連のメットについて、横浜ならばZにYを重ねたと書きましたが、横浜の高連は東京ブロックに分けられ、Zに重ねた文字はTだったと、横浜の高連OBから聞いたことを思い出しました。「あれ、Yじゃないのか」とまぜっかえしたものでした。

投稿: 滔天 | 2010年6月29日 (火) 17時06分

―――――――――――――――――――――――――――――

にあった、「ZにTを重ねたマーク」が見えるのだ。

わかりにくいようなので、その部分を加工した。

Tを強調した画像

Zを強調した画像

写真真上の矢印でページを送って見ると、わかりやすいと思う。

今回纏まった数の「解放」を手に入れたが、反戦高連の写真は少なく、またあってもかなり引いた画像か、後ろから写した物が多い。これは滔天さんの指摘にあった、

―――――――――――――――――――――――――――――

反戦高連のメットに話を戻しますが、高校名は表記しませんでした。69年だったか、各都道府県教育委員会が、高校生の政治活動を禁じる5項目ほどの通達を出し、厳しい処分で臨んだからです。一方、革マル系全学連のメットは、後部に大学名を書いていたはずです。

投稿: 滔天 | 2010年6月25日 (金) 21時46分

―――――――――――――――――――――――――――――

という事情によるものではないかと思われる。

④国労のヘルメット

国労のヘルメットについても、先の反戦高連の記事内で滔天さんから情報を戴いている。抜粋して寄せられた情報を以下に整理する。

―――――――――――――――――――――――――――――

ヘルメットの下部外周に巻いた帯は、全学連並びに反戦高連は「赤」動労が「青」、国労が「黒」と決められていました。

投稿: 滔天 | 2010年4月24日 (土) 10時45分


国労のメットは、正面に「国労」とだけ。脇に「反合理化」とあった記憶もありますが、定かではありません。あと、後部には組合の支部名を書いていたかもしれません。
労線なので、反帝・反スタとは記していなかったことだけは、記憶にあります。

投稿: 滔天 | 2010年6月25日 (金) 21時21分


追伸 うろ覚えですが、革マル系の国労、動労は、「反合理化」と、「マル生粉砕」のスローガンをメットに書いていたような気がします。マル生とは、経営側と右翼労組・鉄労による生産性向上運動のことです。

投稿: 滔天 | 2010年6月25日 (金) 21時36分

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今回入手した「解放」からは二種類の国労と思しきヘルメットを見出すことが出来た。

一つ目は、白地に鉢巻状黒(?)線に「国鉄反戦」のヘルメット(1970.07.15 「解放」 165号 三面)

二つ目は、白地に鉢巻状黒(?)線に「国労」のヘルメット(1971.12.25 「解放」 217号 一面)

一つ目の方は存在するか知らないけど「国鉄反戦青年委員会」で二つ目こそが「国鉄労働組合」のヘルメットかとも思ったのだが、「国鉄反戦」のキャプションが「国鉄労働者」ではなく「国労労働者」であることが引っかかるのだ。先頭のメット部隊が国鉄反戦でその後ろのメットを被っていない人が国労労働者ということか。私の間違いですね。
何れの写真も革マル派国鉄委員会名義の記事内で使われている。

⑤初期の内ゲバ

横国大富士見寮における革マル派活動家水山敏美君殺害に関する記事である。(1971.11.15 革マル派「解放」 213号)
写真は四枚ほどあるので、そのまま写真真上の矢印を送って見て欲しい。

なおこの時点での党派闘争における革マル派の死者は前年の海老原君(中核派による)と町田君(人民党=日共によるとされる)の2名をあわせた3名である。

⑥革共同第三次分裂

これも特に意味は無い。単純に革マル派自身が「革共同第三次分裂」という用語を使ってたんだなぁと思っただけ。(1972.01.15 革マル派「解放」 219号)

⑦連合赤軍に関する革マル派の見解

これも写真は三枚あるので、そのまま写真真上の矢印を送って見て欲しい。(1972.04.05 革マル派「解放」 227号)
拡大すれば本文が読めるはず。

⑧早稲田大学政治経済学部自治会再建の記事

僕の認識では法学部が民青のほかは全部革マル派系自治会で、政経は空席だったと思ったが、再建は一応しているようだ。(1972.02.05 革マル派「解放」 221号)

⑨スト共闘のヘルメット

写真左側の、デモ隊の写真をとっている人の直ぐ右に覆面をしているデモ隊員の正面が写っているが、「スト○…」と書いてあるように見える。キャプションにある「スト共闘」かと邪推。(1972.03.25 革マル派「解放」)

⑩官公労のヘルメット

写真中央の旗「沖縄官公労 農林支部」の旗手のヘルメットを見ると「官○…」と書いてあるように見える。

他にも色々あるけど眠いので寝ようと思います。解放に関しては34枚の写真がフォトアルバムに上げてあるので良かったら見てください。

2010年5月25日 (火)

マル共連再建の動きについて 

共産趣味の総本山ともいうべきマル共連は今までも繋がらなくなることが度々でしたが、どうやら今回は本当に完全に繋がらなくなったようです。
最後に繋がらなくなってから随分経ちますが、再建の動きもありますので再建関連の掲示板ともともとのマル共連関連の掲示板へリンクを貼っておきます。

マル共連BBS再建協議委員会(準)
http://tree.atbbs.jp/saiken/index.php

隔離論争掲示板
http://9018.teacup.com/kakuri/bbs

【2ch共産板】

マル共連再建準備委員会
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1180887590/

マル共連繋がらんぞ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1180436695/

最近なぜかwikipediaの新左翼関連の頁が充実したり、ものによっては写真が投稿されてようですから、共産趣味が再び勢いを取り戻すのではないかと期待しています。
私がこの趣味に入った頃には既にマル共連内の幾つかのリンクは切れてましたし、共産趣味関係のサイトも殆どリンク切れでしたので…。

2010年5月 9日 (日)

【転載】 模索舎再建に圧倒的な協力を!

模索舎40周年ブログより

〈模索舎から皆さまへのお願い〉

2010年3月19日 15:35
 模索舎は今年で創立40周年を迎えました。1970年に「スナックシコシコ+情報センターへの模索舎」として設立され、これまで存続してこられたのは、皆様の温かいご支援の賜物です。謹んで御礼申し上げます。

 しかしながら現在、模索舎の経営は逼迫しております。40周年にあたる今年の10月に果たして存続できているか、おぼつかない状況です。

 模索舎は通常の書店とは異なり、卸業者である取次を経由せず、出版社や制作者の方々と直接取引をしながら、一般書店で置かれることのない少部数の出版物やミニコミを、原則無審査で取り扱っています。商業的な流通システムから弾かれる出版物も貴重な民衆の財産であり、その表現の自由の保障を模索舎は理念に掲げ活動しているからです。

 オンライン通販の普及以降、出版・流通を取り巻く状況は大きく変化しました。現在は電子書籍の普及を控え、多くの書店がその存在意義を問われています。資金の潤沢な大手とは異なり、模索舎はいよいよ土俵際へと追い込まれていくことでしょう。

 この状況において、私たちは運営にかかる経費の見直しを慎重に行い、もともと高いとは言えない人件費の削減を行いました。また抜本的な改革が必要であるとの認識から、舎外にも協力を求め、有志により再建実行委員会を結成し、組織運営や活動のあり方に関して何度も協議を重ねて参りました。

 再建の嚆矢として、3月22日に40周年イベントを開催することとなり、この告知に合わせ、模索舎が陥っている経営的な問題を公表したところ、思いがけぬ大きな反響があり、多くの方から温かい励ましの言葉や、支援を募る呼びかけをしていただきました。

 この流れを絶やさず、模索舎を再生させるため、私たち自身これまでのあり方を省み、必要な見直しを行っていく所存ですが、その取り組みのためには、皆さまによる支援がどうしても欠かせません。

 ここに私たちは、模索舎の存続と発展のため、カンパのご協力をお願い申し上げます。またお知り合いの方に一人でも多く、この話を広めていただければ幸いです。

改めてこれまでのご愛顧に感謝申し上げますとともに、いま一度のご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

模索舎員・模索舎再建実行委員会


【カンパ振込みの詳細】

個人=一口1000円、団体=一口5000円より

郵便振替 00140-2-623268
加入者名:模索舎を支援する会

※通信欄に「支援カンパ」とお書きください。
また店頭でもお受けいたします。

そして、本をお買い求めいただくことがなにより支えになります。
模索舎ではミニコミ、機関紙だけでなく、人文・社会系書籍、CD、Tシャツなども取り揃えております。
webページで通信販売もご利用いただけます。
これまで以上に品揃えに力を入れていきますので、ご愛顧の程をお願い申し上げます。

呼びかけ:模索舎/模索舎再建実行委員会
連絡先:模索舎
〒160-0022東京都新宿区新宿2-4-9
TEL:03-3352-3557/FAX:050-3505-8561
Email:mosakusha@mosakusha.com/URL:http://www.mosakusha.com/ 

40周年ブログ:http://www.mosakusha.com/mosakusha40/

2009年7月18日 (土)

不明・未確認ヘルメット一覧

随時更新予定ですが、暫定リストです。

不明ヘルメット一覧

【名称】不明
【ヘルメット】「救対」。
「三里塚野戦病院日記」で確認。

【名称】不明
【ヘルメット】「入管実」。
中核派及び反戦高協と共にデモをしていることから中核派系と見られる。1970年10月8日羽田闘争三周年全関西総決起集会後のデモにて確認。

【名称】不明
【ヘルメット】前面に「三斗委」、後面に「早大」。
早稲田大学の委員会と見られる。

【名称】不明
【ヘルメット】「安保研」。
早稲田大学のサークルと見られる。

【名称】不明
【ヘルメット】「教」。
早稲田大学のサークルと見られる。

【名称】不明
【ヘルメット】赤地に「全高闘」。

【名称】不明
【ヘルメット】黒地に「北」。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「院斗連」。

【名称】不明
【ヘルメット】黒地に「反帝」。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「浪闘委」。
中核派系と見られる。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「第一軍団」。
全国全共闘第一軍団か?

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「文自」。
中核派系自治会と思われる。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「反軍」。
中核派系と見られる。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「市民共闘」。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「西洋共闘」。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「反安保」。

【名称】不明
【ヘルメット】青地に「サ闘共」。
解放派系組織。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「部落研」。
中核派系と見られる。全国部落研関係か。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「反戦会議」。
中核派系と見られる。 高校生?

【名称】サークル連絡協議会?
【ヘルメット】緑地に「サ連協」、「虫」。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「市民共闘」。

【名称】不明
【ヘルメット】白地に「西洋共闘」。

【名称】ノンセクト?
【ヘルメット】黒地に「叛」。

【名称】不明
【ヘルメット】白抜き「労」。

【名称】不明
【ヘルメット】「世界革命」。

【名称】不明
【ヘルメット】「革新会議」。
東大封鎖解除の写真で確認。

【名称】不明
【ヘルメット】「NS」。
1969年7月24日東京教育大筑波移転反対デモにて確認。

【名称】 不明
【ヘルメット】「反帝学戦」
竹内ブント成立より以前の写真で確認。

未確認ヘルメット一覧

【名称】共産主義者同盟(統一委員会)
【ヘルメット】赤地に「反帝戦線」後ろに「戦旗」。
(正統)さんのご協力で判明しました!ありがとうございました!

【名称】労働者共闘会議
【上部団体】共産主義者同盟(統一委員会)
【ヘルメット】赤地に「労共闘」。 

【名称】共産主義者同盟蜂起派
【ヘルメット】赤地に「反帝戦線」後ろに「蜂起」。

【名称】東水労
【ヘルメット】青地に「全水道」。

【名称】一水会
【ヘルメット】不明。青地に白字「一水会」。
(正統) さんと一日千秋のプロレタリアートさんのご協力で判明しました!ありがとうございました!

【名称】 反帝学生戦線
【ヘルメット】赤。前面に白で「反帝学戦」「駿台文学会」、横に「AISF」、後ろに「明大」。
共産主義者同盟プロレタリア派。通称竹内ブント。

【名称】 共産主義労働者戦線
【ヘルメット】赤地に鉢巻状白線「共労戦」。
共産主義者同盟旧マル戦派怒濤派。

【名称】 共産主義戦線
【ヘルメット】赤地に鉢巻状白線「共戦」。
共産主義者同盟旧マル戦派怒濤派。共労戦と共学戦が統合。

【名称】 労働者共闘or労働運動活動者評議会
【上部団体】統一共産同盟
【ヘルメット】灰色地に「労闘」or「労活評」。
関西の労働者組織が「労闘」、関東の労働者組織が「労活評」らしい。

【名称】
【ヘルメット】

【名称】
【ヘルメット】

【名称】
【ヘルメット】